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  このページのニュースは、海外協会の会員向け会報に掲載されたものから一部を抜粋して掲載しています。
 

海外報ニュース
愛媛県海外協会報ニュースアーカイブ
2009年12月10日発行 海外報 第257号から   海外報最新ニュースへ 過去記事一覧リストへ
井上会長あいさつ
井 上 善 一
県海外協会会長
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民間交流の「灯」を守り抜き  在外県人の期待に応えよう
個人会員増えるも地域格差
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  早いもので、間もなく新しい年を迎えることになります。会員の皆様におかれましては協会の社会事業活動にご協力をいただき、心から感謝を申しあげます。
  経済が減速したまま先行きの見えないなかにあって、官民を問わず社会全体が縮こまっているような昨今であります。しかしながら、巷間言われるように、このようなときこそ変革のチャンス、内を見つめ、外に大きく目を見開くときでもありましょう。
  さて、本協会の運営状況でありますが、今年度から個人会員制度を導入したことによって、会員数は増加傾向に転じています。新たにご参加いただいた個人会員は約90人。危機をバネに組織の強化がようやく図られつつある、といった状況にあります。
  しかしながら、基本的には従前同様、苦しさを抱えたままの運営状況にあります。一部法人による会員離れがあるほか、会員数の地域格差も生じており、これらが乗り越えるべき課題として浮上してきております。
  国際交流で欠かせないのがダイレクトな人と人との結びつき。この分野には民間ならではの守備範囲が広がっています。事実、本協会はこれまで民としての役割を発揮し、在伯県人会との研修生交換事業や、相互訪問、海外情報の紹介事業など多くの実績を重ねてきました。
  うれしいことに、協会事務局には海の向こうから伊予弁なまりの電話コールが夜昼を分かたず届きます。在外県人の皆さんは協会を「心強い存在」と位置づけてくれているのです。
  これら熱い期待に応えるためにも、組織強化の流れを加速しなければなりません。「海を越えて ふるさとの絆」の旗のもと一層前進したいものです。皆々様のさらなるご理解とご協力をお願い申し上げる次第です。
  最後に、新しい年が会員の皆様にとって、すばらしい年になりますよう、お祈りを申し上げます。(談)

南加県人会が招待状  来年8月の100周年式典
 
   創立100周年の記念式典を来年8月1日に予定している南カリフォルニア(南加)県人会(松岡八十次会長)はこのほど、県内の自治体や議会、商工経済団体などに記念セレモニーへの招待状を送った。
  招待状の文面は、県人会からの感謝から始まり「歴史に残る祝賀の宴を催したく、皆々様のご臨席を賜りますよう、お願い申し上げます」としたためられ、式典が母県と県人との交流の新たな礎となることを願っている、という内容。
  この式典開催に向けて、県人会ではこれまでに松岡会長(今治市出身)が加戸知事や帽子県会議長らを訪ね出席を懇請してきたほか、会員内のムードを盛り上げようと会員らによる「四国八十八ヵ所めぐり」「ふるさとツアー」などを実施している。
「国境を越え地方都市の連携を  インドネシアへ 訪問団繰り出す
現地の県人会長 黒田憲一氏講演
   愛媛・インドネシア友好協会(会長・小松正幸愛媛大学前学長)を中心とする56人のインドネシア訪問団が10月、現地のスラウエシに繰り出し、国際シンポジウムなどを通じて、国境を越えた地域連携の在り方を模索した。シンポ会場では愛媛の物産がブースに並べられ、じゃこてんの試食に人垣が出来るなど連日にぎわった。
  訪問団はジャカルタにも移動。アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)では経済セミナーが開かれた。ここでは東レインドネシア顧問の黒田憲一氏(松山市出身)らが講演し、異文化社会で暮らす心構えなどについて語った。また、訪問団は黒田氏が実行委員長を務める「第1回ジャカルタ日本祭り」のフィナーレ会場に足を運んだほか、現地の公園に桜の苗木を寄贈するなどして交流を深めた。
  (以下、黒田憲一氏による講演「東レのインドネシア展開に関わった33年」の要旨)

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根づく宗教 多様な人種
文化の差を知る大切さ
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 伊予弁でいいから話せ、ということなので、こちらの県人会でいつも話をしているように気楽にしゃべりたい。
  話に先立って、訪問団の皆さんが第1回の「ジャカルタ日本祭り」に参加してくださるとのことで、実行委員長として大変ありがたく思っている。
  「陽光」という桜の苗木300本もいただいた。このことも、あわせてお礼を申し上げたい。桜が根を降ろし人々を楽しませてくれることを願っている。
  きょうは、私自身のことを話したい。最初こちらに来たのは1971年。東レの第一陣としてやって来た。当時思ったことは、貧しいこの国も4、5年もたてば並の経済国となる、ということだった。そのためには、なんとかレベルを引き上げていかねば、と強く感じた。
  しかし、こちらが一生懸命になればなるほど人が離れていき、私の思いは空回りするばかりだった。インドネシアの人は1日に5回もお祈りする。お祈りなどせず、働いたらどうなのか、お金が稼げるのに…。私はノイローゼになるくらい落ち込んでしまった。
  そして、3年目には思い直した。彼らの価値観を理解しよう、そうすることからもう一度やり直してみよう、と。インドネシアの国土は広く、日本の5倍もある。240もの人種が暮らしている。人種ごとに言葉も違う。文化も違う。私は33州すべてを回り、それぞれの文化を理解することから始めた。
  信頼関係を築き上げるポイントは、「今のままで幸せ」というこちらの人の価値観を尊重することだった。結果として、インドネシアで暮らすノーハウも学ぶことができた。
  その第一は、まず身の安全を確保すること。次に(こちらでは風土病があるので)健康に留意すること。三番目と四番目が、異文化の違いに対応すること。そして最後の五番目が仕事をする、ということになる。この国では国民の87%がイスラム教を信仰している。宗教と生活が一体化している。生活の場においては、根強い伝統がある。全員が一致するまで話し合う。「ムシャワラ」という農耕社会独特の伝統だ。
  インドネシアは、また「微笑の国」と称される。だが、その背景にあるのは貧しさだ。子供たちは貧しく、きらびやかなものを身に付けることができない。どうすれば自分をアピールできるか。水鏡を見つめて暮らす。日本のゴルフツアー客からは「キャディーが鏡ばかり見ている」といった不満が漏れるくらい。ただ、ビジネス化が進むオフィスでは微笑が消えてしまったともいわれる。
  気候が温暖で、愛媛県人とインドネシア人は気質が似通っていると思うこともある。技術を持った高齢者は是非こちらに住んでほしい。活躍の場はたくさんある。日本のように季節によって衣替えする必要もない。すこぶる経済的です。

 黒田憲一氏略歴 1936年、松山市の港山生まれる。中学から柔道に励み、松山商高時代に国体に初出場。東レ入社後も愛媛代表として国体で活躍。1971年、東レのインドネシア進出に志願し参加。柔道の指導を通じ警察や国軍に幅広い人脈を持つ。昨春の叙勲で旭日双光賞を受賞。東レインドネシア顧問。現地の県人会長。

ブラジルから夢のふるさと訪問 県人会の5人、観光地巡りなど楽しむ
  「赤い大地の国からようこそお帰り」。在伯県人会のメンバー5人が11月15日から22日にかけて愛媛に里帰り。観光名所をめぐったほか、親戚家族を訪れるなどして親交を深めた。
  一行は、薬師寺淳一さん・恵美さん夫妻(アチバイア市在住)、関谷忠機さん・オーガさん夫妻(サントス市在住)、梅田エツコさん(サンジョゼドスカンポス市在住)。県国際交流協会の交流事業制度を受けての短期訪問で、薬師寺さん夫妻を除く3人は初めての日本訪問。
  観光地めぐりでは、道後温泉、松山城、しまなみ、タオル美術館、内子の町並みなど主要なスポットを県や協会関係者が案内した(=写真は道後温泉でのスナップ)。
  また、協会主催による歓迎会もあり、親戚も含めた35人がなごやかに交流した。関谷さんらは「ふるさと訪問は長い夢だった」と感激の面持ちで語った。
  協会研修生OBも内子の町並み案内を買って出るなど、歓迎と交流に一役買った。
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